実家に犬がいます。
兄が知人からもらってきた犬で、鼻先と手足が白く、ほかは黒い雑種です。
兄はすでに家を出て、犬が両親と残っています。
子供を産むために実家に帰った時、暑いさなかで犬はぐったりしていました。
人間でいえば、とっくに80歳を超えたおばあさんです。
近年の夏は特別こたえるようでした。
私は犬に好かれるほうではなく、実家の犬も離れて暮らす私のことは大概よくわからないようです。
過去には噛まれたこともありましたし。
しかしこの時期、犬は私の話をよく聞いてくれました。
両親が遠出して留守にしているとき、
出産の楽しみや不安、自宅に夫を置いてきた不安についていろいろ話しかけました。
犬は階段に腰掛けて私の目を見つめ、
または水飲み場に丸くなって耳だけを動かして話を聞きました。
両親が近所で用事をしているとき、声だけが聞こえてくるのを聞いて犬は鳴きました。
私は「わかるよ、すぐそこにいるはずなのに声しか聞こえないってさみしいよね」と話しかけました。
犬は私の顔を見て、さらに飛び跳ねて吠え始めました。
まずいことをしたなと思いました。
犬がご飯を食べているとき、いい音だねえおいしいねえと繰り返し言いつのりました。
犬に、私にも笑ってほしかったからです。
犬は口をこちらに向けて、ボリッボリッと音を聞かせてくれました。
いつでも窓越しに話をしました。
時々ぼけたようになり、機嫌が悪いと両親でも噛まれると、
接触しないよう言われていたからです。
出産がすみ、自宅に戻ってくると、私の子と犬がやりとりをするようになりました。
部屋の中で子が泣くと、外で犬も鳴いて返事をするのです。
指揮者と楽団のようです。
話をしているかのようで、私の子にとってこの犬が初めての友達ではないかと思いました。
犬が私の話をよく聞いたのは、この子がいたためではないかとも思われました。
そのうち久々に顔を合わせることになっていますが、まあお互いに忘れているでしょう。
また一緒に泣くかどうかが多少気になります。